one room

忘れたくないことと、忘れてしまったことについて

工場裏のきりん草

木曜日の二十三時頃、
銀杏並木の夜の道を、好きな人と歩いていました。
居酒屋さんで、ご飯を食べた帰り、
煙草を吸う場所探しています。

私は、蜂蜜梅酒をロックで飲んで、
あまりまっすぐ歩けていませんし、
好きな人は、さっきのお仕事の電話のせいで、
少しだけ大変そうでした。
二人で、「あー」って言いながら伸びをします。

歩き始めて三十分くらい、
小さな工場を見つけました。
私たちは、
そこのブロックをイスがわりに座り込みました。
好きな人はポケットから黄色の箱を取り出すと、
のんびりと煙草を吸います。
私は白い煙の流れを見ながら、
息を吹いて、その流れを変えたりして遊んでいました。

一服終えた好きな人と、次は裏の方へ歩いて行きます。
裏側は、街頭の明かりが届かないので、
真っ暗になります。
その分、星が綺麗だったので二人で喜びます。
少し低くなっているところからは、
私の背丈ほどのきりん草が生えていました。
私は枯れかけているものを手折って、
月明かりの前で揺らして遊んでいました。
好きな人は、下が川なのか、ちゃんと地面があるのか、
iPhoneの明かりで照らしてみながら、
「なんだか楽しそうだねぇ」と笑っています。
どうやら地面があったようで、
「降りてみよう」と言います。

二人で降りてみると、確かにちゃんと地面はあって、
ふわふわの草の上は、とても穏やかな空間でした。
私はしゃがんで、好きな人はブロックにもたれて、
話をしていました。

好きな人は何度か頭を撫でてくれました。
その度泣きそうになるのを我慢します。
暗くて、普通表情なんて見えないはずだけど、
好きな人や、ギターのお兄さんは、
暗い所にいても表情が見えるのか、
色んなこと、見透かされてしまうのです。

そのうち、唯一の明かりだった星も陰ってきたので、
飛び降りたブロックを飛び上がったり、
よじのぼったりして、来たように戻ります。
裏側から出ると、少しずつ明るくなります。
好きな人は、暗いとこの方が落ち着くらしく、
残念そうでした。
私も暗いとこの方が好きなので、
二人で残念がりました。
遊び終えたきりん草は、転がっていた廃材の筒を、
一輪挿しに見立てて入れました。
風が吹けば、背の高いそれは不安定に揺れました。

道に戻った別れ際、好きな人は、
スーパーでパン買って帰ると言っていました。
「それじゃあおやすみなさい」
「おやすみー、気をつけてね」と別れます。
最後に頭の上にふわりと手が乗ったかと思うと、
いつか離されて、ひらりひらりと振られます。
私もぶんぶん手を振りました。

帰って、少し寂しくなりました。
目をつぶれば、
一輪で揺れるきりん草を思い出し、
いつの間にかすんなり眠れていました。