one room

忘れたくないことと、忘れてしまったことについて

知らない人と、知らないままに話した

深夜三時のこと。
シャンプーとか、リンスとかの、
甘ったるい匂いが残る髪を、
四月の終わり、少し生暖かい風が揺らした。
乾かしていないで、
さっき下ろしたばかりのブラウスに、
髪から水分が伝ってしみを作っている。

私の右目はまだ腫れていて、
一重のまま。
視界が、少しだけ、狭い気がした。

知らない男の人と話す。
明日が最後の出勤だと言うその人は、
少し疲れた声をしていた。
「明日会社を出れば、ニートだ」
と言われて、自分も少しだけニートをしたなぁと、
少し前のことを、
ずいぶん昔のように思った。
しばらくいろいろな話を聞いた。
今まで勤めていた会社が、
レットブル並べて徹夜するような、
とても忙しい会社だったこと。
三日前に、再就職しようとしていた会社落ちたこと。
彼女がいて、きっととても心配かけていること。
私はギター弾いたり、相槌を打ったり、
少しだけ、自分のことを話したりした。

ずいぶん長いこと話していたので、
私の髪はずいぶん風邪が乾かしてくれた。
甘い匂いも、少しずつ薄まった気がする。

私たちはこれから再び話すような機会を持てないし、
きっとそのうちお互いに忘れてしまうけれど、
少しだけ楽しかったし、
しきりに、いい子だねと言ってくれたのは、
嬉しかった。
いい子なんて、全然言ってもらえなかったから。
さよならする時、
「なんか元気でた!ありがとう」と言われた。
私も元気になった気がした。

後ろ姿は見えないさよならだった。

私は髪を乾かして寝た。
明日出社するその人が、
少しでも晴れやかな気持ちであるように願った。

私は、逃げるように会社を辞めたから。
逃げずに、会社を辞めていく人を、
少しだけ尊敬した。

今日はベッドじゃなくて、
床の上に毛布で丸まって寝た。

iTunesstoreでレンタルした映画、
なんとなく最後まで見れない。