one room

忘れたくないことと、忘れてしまったことについて

ベランダと洗濯機

季節は3月の初め、気温は2度前後だった。

コンビニから買ってきたビールと缶チューハイを持って、ベランダへ出た。

暖かい部屋にいた私たちの息は白く染まる。

そのうちタバコを吸いだしたので、息が白いのか、煙草の煙が白いのか分からなくなってしまった。

窓ガラスの向こうから、ガウンガオンと洗濯機の回る音がする。

私は、寒いのに何でこんなことをしているのだろうと思いながらチューハイを飲んだ。

見上げた空には、探せば見える程度の星があった。

私の飲み干したチューハイの缶に、吸い終えた煙草を入れる。

くだらないこと。

全ては、余興にすぎない。

寒い中、晩酌をベランダでやることはもうないかもしれない。

だから、今日くらいは、と思った。

新聞屋さんを眺めるまで、何でもないことを話していた。

カレー

日付が変わって暫く、私はただ蹲っていた。
二月が終わり、三月が始まっている。
高校の部活の人達と集まり、だらだらとご飯を食べた。
元々六人いた部活の面々だが、今日集まったのは四人だった。
私と、友人と、部長と、もう一人。


薄利多売を謳い文句にしている居酒屋へ行った。
部長は歌うようにスラスラとメニューを読み上げ、大量の料理を注文し、
私と友人はとりあえず烏龍茶を頼み、
もう一人は途中でボンカレーを食べていた。
思い出話は特にしなかった。
部長の、恋愛に疲れたという話をしばらく聞き。
こんなに恋愛について熱弁しているのだから、
半年経たずに新しい恋人を作るであろうと思った。

部長は東京へ行くという。
この春保育科を卒業し、保育士になるという事だった。

友人と二人で、帰り道に何となく、全然関係の無い話をしていた。
それだけが救いのような気がしたし、
私は救われていたかったのだと思う。

ゼリー

朝から、得体の知れないもに責められ続けるイメージが拭えない。
起き上がらなければ、そう思えど身体を動かせない。
そのうち、怠け者、そんなふうに言うその声は大きくなっていく気がした。

それでも、バイトには行った。
行くと、友だちがキティちゃんのゼリーをくれた。
可愛くて、嬉しくなった。
これも、と、黒糖のポンデリングもくれた。
私の好きなもの。
シフト終えて、携帯を見ると、
バンドの先輩からメッセージが来ていた。

私は多分、色んな人に生かされていた。

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前夜

I'll never be able to give up on you
So never say good bye and kiss me once again

あたしは絶対あなたの前じゃ
さめざめ泣いたりしないでしょ
これはつまり常に自分が
アナーキーなあなたに似合う為
現代のシド・ヴィシャス
手錠かけられるのは只あたしだけ

行かないでね
何処にだってあたしと一緒じゃなきゃ厭よ
あなたしか見て無いのよ
今すぐに此処でキスして

違う制服の女子高生を
眼で追っているの 知ってるのよ
斜め後ろ頭ら辺に痛い程視線感じないかしら
そりゃ あたしは綺麗とか美人な
タイプではないけれどこっち向いて

行かないでね
どんな時もあたしの思想を見抜いてよ
あなたの長い睫毛も其の華奢で大きな手も
全部大好きなの
何処にだってあなた程のひとなんて居ないよ
あなたしか見て無いのよ
今すぐに此処でキスして

行かないでね
何処にだってあたしと一緒じゃなきゃ厭よ
あなたしか見て無いのよ
今すぐに此処でキスして ねぇ

I feel so nice 'cause you are with me now
It is certain Ilove you so much baby
I'll never be able to give up on you
So never say good bye and kiss me once again
woo… ai ai ai…


さめざめ泣きながら歌う。
明日来ていくドレスに、香水を撒きながら歌う。
ヘアセットの予約は6時。
もう寝なければならないのに、
私はいつまでもこの曲を歌っていたかった。

1時間半

お兄さんは、コンビニやスーパーへ寄ると、

「なんでも好きなの持っておいで」って言う。

だから私は帰りの車の中で、

ほうじ茶チョコと、抹茶のポッキー、代わる代わる食べていた。

帰るまで1時間半くらいかかるし、そのお供にと、お菓子が二つ。


何となく、Paul Smithのセットアップの話を思い出しながら家へ戻る。

四月には出番が来るらしい。


ちょうど県の境目に着いた頃、

降っていた雪の勢いが増してきた。

人からものを借りるのがとても苦手で、

お兄さんが上着貸すと言ってくださったのに、断ってしまったのを後悔した。

優しさすらうまく受け取れないのか、私は。


家に着く頃には、すっかり真っ白になっていて、私は車から下りると、

小さな雪だるまを作った。

朝一番に溶けるように、日の当たる場所に置いた。

花束を贈る人は、それを贈られた人が、どんな気持ちで花々を看取るのか知らない。

それに似た感じで、溶けかけの雪だるまが苦手だ。

私が目覚めるより先に、水になって、乾いて、空気中に浮かんでいてほしい。



朝の光と

ランディー・ローズが、お兄さんのiPadから流れていた。

テーブルの上に並ぶ空の缶ビールは何本になっただろう。

カーテンの隙間から仄かに薄くなるブルーが覗いた。

ギターケースの上で、小さな紙の切れ端に、注意点が書き込まれていく。

和紙のような質感。

お兄さんの持つペンからインクが染み込む。


私はポッキーを食べ、お酒を飲んでを繰り返していた。

とても眠たくて、

それでも、まだ寝ずにいたいという子供のような意地だけで起きていた。

私もお兄さんもまぶたが重たい。

それでも、ふらりと立ち上がると、

お兄さんの手には、また、缶ビールがあった。

グラスに半分ずつ注いで、飲む。

眠たいのか、酔っているのか、

世界はとても朦朧としていて、少しだけ死んでいるみたいに穏やかだった。