one room

忘れたくないことと、忘れてしまったことについて

空を飛ぶ人

昨晩から降っていた雨は、

朝、バイトに向かう私にも降り続けています。

道にはたくさんの水たまりがあって、

太陽に交代する寸前の街頭とか、

車のライトを写してはきらきら光っていました。

まるで、道に穴があいていて、

そこから別の場所がちらちらと、

見え隠れしているみたい。

あまりに綺麗なので、

もしかしたら、スミノフアイスで流し込んだ、

マイスリーの余韻だったかも知れません。



眠たそうな人と、疲れきった人とすれ違いながら、

昨晩徹夜していた私はスキップしてみたりした。

バイト先についた頃、街頭は消えていた。

雨は降っていたけれど、それでも空は明るくなった。

夜勤のおじさんのあくびが聞こえてくる気がして、

少し急いでタイムカード通しに行きます。


七時間くらいのバイトを終えて、

ココアを買って帰ります。

大好きなショコララテは、ココアになったのか、

冬になったのにメニューに載りません。

もう少しだけ楽しみに待っていようと思います。


少しだけ疲れてしまって、

家に戻ると、二時間くらい眠っていました。

目が覚めると、友だちと待ち合わせの、

一時間前だったので、急いで準備をして、

未だ雨が降っている外に飛び出しました。


待ち合わせ場所のコンビニの駐車場につくと、

友だちとひとつ、傘を買いました。

いつも私たちは傘を持っていなかったので、

なんとなく買いました。

大きくて透明なビニール傘、五百四十円。

雨がしのげる優れもの。


友だちの車に乗ると、助手席に、

アルバムが置いてありました。

開くと私と友だちの、

四月からの写真が貼ってあります。

「どうぞ」って言ってくれたので、

「ありがとう」って受取りました。

そんなに前のことじゃないのに、

懐かしくて、色んな感情が敷き詰められてて、

本当に嬉しくなりました。

離さないように、しっかり持って、

バックに入れました。


ライブハウスにつくと、

階段の途中で、金髪のお兄さんに会いました。

今日は二番目に出てくる金髪のお兄さん。

なんだか大きな機材運んでいるみたいです。

目が合ったので、お疲れ様ですって挨拶をします。

お兄さんの目は、これからのライブが楽しみみたいで、

すごく楽しそうでした。


受付でチケットを買って、中へ入ります。

友だちと二人で並んで開演時間を待ちました。

時間を十分ほど過ぎた頃、

流れていた音楽が一瞬消えて、

お兄さんたちが現れました。

いつもは肩あたりから下だけ赤いお兄さんの髪。

今日は上から全部真っ赤に染まっています。

私は、綺麗だなぁと思いました。

ステージライトに照らされると、

なんだか次元が違う人のような気がします。

お兄さん自身も異世界の人だって笑ってたけれど、

それとはまた少し別の感じ。

いつもはステージ上をあちこち動くお兄さんは、

「今日の曲は難しいから、大人しくしてるかも」

って笑っていたけれど、

長い髪をライトに透かしながら、

今日もあちこち動いていました。

水を得た魚、というよりも、

ステージでギターを弾くお兄さんは、

なんとなく、空を飛べる人間、って感じだった。


私も、友だちも、

空を飛べる人を、ただずっと見ていたいと思った。

それは、いつか自分たちも、

空を飛べる可能性を示していてくれたから、

そして、本当に綺麗だったから。


出番が終わったお兄さんは、

ふらりと私たちのところにやってきた。

片手に持たれたお酒の匂いと、

お兄さんの香水がまざったみたいで、

なんだかとても、不思議な匂いがした。

しばらく三人で、

金髪のお兄さんのライブを見ました。


それからしばらくして、

私たちがお腹が減ったと言っていたら、

「ちょっとおいで」って言って、

楽屋らしきところから、

おつまみみたいなのを取ってきて分けてくれた。

もぐもぐしながら話す。

差し入れのお酒、二人で渡した。

動物の名前で呼ばれてるお兄さんと、

同じ名前のお酒だった。

それを見て笑ってたら、

丁度そのお兄さんが通ったので、

お酒見せたりして、今度は四人で話した。

「色々、心配しとーとよ」って、言われてしまった。

「しっかりしますね!」と返事をしてみたけれど。

「うーん。しっかり…?うーん…」って、

考えられてしまった。

心配はかけたくないけれど、

なんでちゃんとできないのだろう。


お兄さんから、

自分のピックにサインをしたものをもらった。

嬉しかったので、たくさんお礼を言う。

練習の時、いつもピックもらったりしていたけど、

今日のはなんだか特別なので、大事。

弦を切り裂くみたいな弾き方するお兄さんのピックは、

淵が削れてぎざぎざになっていた。

私は、ピックの淵をなぞりながら、

自分も空を飛べるようになるのか、

少しだけ不安になった。


「次のバンド恰好いいから、見とき」って言われて、

お兄さんの後に続いてもう一度中へ入った。


ライブハウスの中は、暗いのに、入ってすぐ、

私は好きな人の姿を見つけた。

色んなバンドの人と代わる代わる話ているみたい。

とりあえず会釈してみる。

向こうも気づいたみたいで、会釈が返ってきた。


ライブのトリは、動物の名前のお兄さんのバンド。

お兄さんは途中で、お酒か水を撒き散らした。

ライトに飛沫が反射して、

スローモーションみたいに、ゆっくり落ちていく。

お兄さんたちの感情が、

まるで目に見えるような気さえした。

最後の曲が終わった時、

お兄さんのギターは真っ二つに折れていた。


それから、外に出て、

ギターのお兄さんと、好きな人と、

友だちと私のふたりで、少し話しました。

帰り道、少しだけ後ろ髪を引かれます。

なので、まっすぐ家には帰らずに、

友だちとファミレスに向かいます。

お兄さんからもらったピックは、

お守りみたいにiPhoneケースに挟みました。


友だちの車は、まるで空でも飛んでいるみたいに、

私をファミレスまで連れていきます。