one room

忘れたくないことと、忘れてしまったことについて

高い高いの景色

バイト中、父親に高い高いをされてる、

可愛い女の子がいた。
手にはりんごジュースが握られている。
私はそれを見ていて、なんだか、
泣きそうになってしまった。
私が袋にジュースを入れて渡すと、
女の子に、「ありがとうっ」って、
礼儀正しくお礼を言われた。

バイトが終わり、疲れて寝ていたら、
夜中だというのに、
携帯にぷかりぷかりと浮かび上がる着信。
名前は、好きな人の名前だった。
一瞬、眠気が引いていく。
「もしもし。こんばんわー」
緊張気味に受ける私に、
好きな人は、前に二人で行った場所に、
もう一度行こうと言います。
どうやらだいぶ酔っ払っているようで、
とても楽しそうなのは伝わってきます。
「わーい!やったー」と伝えると、
近所のスーパーで待ち合わせました。

寝ている両親を起こさないように、
窓からそっと出ます。
街中の街灯が揺れるほど、早く走りました。
足の裏が痛かったけど、気にならなくなりました。
途中、パジャマのフードが木の枝に引っかかり、
首が締まりました。
全部振り切って、揺れて今にも沈みそうな街灯を頼りに、
二十四時間のマークが明明とつく、スーパーへ。
好きな人のところへ。

好きな人はいつも通り笑いながらこんばんわって言う。
スーパーのネオンに照らされて眩しくなりながら、
私も、こんばんわって返した。
それから二人で、目的地へ出発します。
目的地といっても、何もないところなのだけれど、
すごく、夜景が綺麗で、
自分の住んでいる街が一望できるのです。
山道は、一人で来るのは少し怖いから、
二人で行くのです。
「この道右かな」
「次の信号で曲がるよ」
全然道を覚えない私のかわりに道案内してくれる。
そのおかげで、私はどんどん道を忘れていく。
一人じゃ、何もできなくなっていく。
どこへも行けないような気分になっていく。

目的地につくと、今日も誰もいなくて、
空にはやたらと明るく大きい月が出ていました。
裸足で家を飛び出て行った私は、
靴を履いていないので、砂利が痛い。
「月が出ると、星が見えないね」
そう言われて、星があまり見当たらないことに、
ぼんやりと気がつきました。
前来た時は、星も綺麗に見えていました。
新月だったのかも知れません。
「ほんとだ…!見えない!!」
星は見えなかったけれど、
夜景は変わらずきれいでした。
いろんな光が、それぞれきらきらと光っています。
動く光はきっと車のライト、
色がくるくるとかわる信号機、
私の住んでいる辺りは結構暗くなっていて、
市街地の方の夜景がすごく明るい。
前来たときは、
思わず走り出してしまったけれど、
二度目の今日は、好きな人の隣でじっとしていました。
するといきなり、私の視界が、すうっと高くなりました。
好きな人が、私のことを、
高い高いするみたいにしていました。
「わあーーーっ」
多分私は叫んだと思います。
少しの、ほんの数十センチの差なのに、
見ている景色がまるで違うものになりました。
しばらく身長が高い人の景色を楽しんだ後、
「ごめんなさい…重たくないですか?」
って聞きました。
「いや、別に重たくないよー」
って言って、まるで小さな子をあやすみたいに、
ゆらゆらと揺れます。
私のきらきらしている景色も揺れて、
その中に、吸い込まれてしまいそうになります。
少し怖くなってきた頃、ふわりと視界が元に戻ります。
それから二人で、座って話しました。
「夜なのに、影ができてるの珍しいね」
本当です。
夜なのに、街灯があるわけでもないのに、
影ができていました。
月がつくった私たちの影は、はっきりと染み込んでいます。
そのうち、私は石を遠くに投げて遊びました。
夜景の中に投げ入れてみたいのに、
こつんって音は、いつも近くから聞こえます。
好きな人も石を握って立ち上がりました。
助走もつけて、びゅんと石を投げます。
何の音も返ってこなかったので、あの石は、
今頃夜景の一部になっていると思います。

私たちは、その後、寄り道をして、
二人で帰りました。
その頃に薄らと空が白くなりつつあって、
「もう、ほとんど朝だね」って話しました。
時計を見ると4時半でした。
別れ際、またねって、言ってくれました。
さよならでも、バイバイでもなく、
またねだったので、あまり寂しくならずにすみます。

私はその日の仕事が夜からだったので、
近くの大きな公園へ行って、
朝になりかけの空を、白から青に変わるまで、
ぼんやりと眺めていました。

f:id:kirakirawomiru:20150929003102j:plain