one room

忘れたくないことと、忘れてしまったことについて

二日酔いのビール

三人で台所に立っていた。

ギターを弾くお兄さん二人と私。

今お風呂に入っている、

ギターのお兄さんが上がってくるでに、

冷えたビールと、焼きたての餃子、

カップラーメンを作るためのお湯を用意しなくてはいけない。

さっき、1週間冷蔵庫で寝かされ続けたカレーの鍋を洗い終えたところだった。


三十分前に、深夜のドンキホーテで、

怖そうな人たちとすれ違いながら選んだお酒は、

次々に冷蔵庫にしまわれていきます。

冷凍の餃子はとても優秀で、

油も水もいらなかった。

フライパンの上に一つづつ箸でつかんで並べて蓋して五分、

蓋を外して、羽に色が付くまで一分と少し。

油は、フライパンが鉄の場合は必要だと書いてあった。

私たちはお風呂にいるお兄さんに聞く事も出来ない(多分聞いたとして本人も知らない)ので、

ひとしきりフライパンを見つめて悩んだ結果、

油を薄らとひきました。

本当はいらなかったかもしれない。


「なんか、お泊まり会って感じだね」

わくわくする響きを含んだ言葉に浮き足だってしまいます。


ちょうど準備が終わった頃、

赤い髪を濡らしたお兄さんが現れた。

私たちは食器や醤油の場所を次々に尋ねた。


ビールはワイングラスに注がれた。

四人で乾杯をする。

金髪のお兄さんは、お酒が得意ではないらしく、

1.5ℓのコーラをコップに注いだ。

餃子はなかなか美味しかったし、

カップ麺も美味しかった。

そしてなにより、私は初めてビールを美味しいと思った。

今までも付き合いで初めに頼むことはあったけれど、

実はあまり好きではなかった。

今日はなんだか美味しくて、いくらでも飲める気がした。


ご飯を終えると、みんなでお酒を飲みながらギターを弾きました。

難しい話はまだ理解出来なかったけれど、

なんとなく聞いていました。

三人で飲んでいる缶ビールの缶が次々に開けられていきます。

犬の餌みたいだよねと言いながら、

少し高かったビーフジャーキーも食べました。


バンドの話もしました。

人と人で音楽を続けていくことの難しさを、

想像してしまって少しだけ悲しくなりました。

東京の話もしました。

仕切りはどんどん薄くなって、

いつでも飛び越えてそちらへ行けるけれど、

結局、行くことは容易になれど、

何をするのかはっきりさせないと、

意味が薄れてしまうと。


「今見えている景色だけが全てじゃないしね。」

昨日誰の誰かの言葉が、今日もふと響く気がする。


朝の8時頃、お兄さんのギターの音を子守唄に、

少しずつ意識が曖昧になります。

斜め前で既に寝ている金髪のおにいさんと、

私の少し後ろでお兄さんふたりが話している、

そんな、景色の中、眠りにつきました。

しばらくすると、寝てしまった私たちに、

お兄さんがタオルケットをかけて回ってくれていました。

夢現のままそれを見ていました。

「これ、枕にしていいよ」って、

クッションみたいなふわふわしたものを置かれた時、

「ありがとうございます」って言ったつもりが、

全然言葉になりませんでした。

誰かにかけてもらったタオルケットは、

すごく暖かくて、私はとても幸せな夢を見た気がします。


次に目を開けたのは、昼の1時半過ぎでした。

飲みかけのビールがワイングラスに残っていて、

カーテンから溢れる昼間の輝きに、

ちかちかと照らされていました。

私は起き上がると、既に常温になっているそれを、

そっと飲みました。

苦いだけの、二日酔いみたいなビールでした。

お兄さんたちもゆっくり起き上がり、ぼーっとしています。

全員がなんとなく朝の挨拶を交わしたのは、

これからまた少し後のことです。


この後バイトを控えている私たちは、

職場に遅れますと連絡をした後、

缶ビールの缶や、かけてもらったタオルケットを片付けて、

お兄さんの家を出ました。


軽自動車に三人と、ギター三本と、アンプを二つ詰め込むのは少し大変でした。

お兄さんから、ジュースをもらって、

車に乗りました。


それから、よろよろの状態でバイトへ向かい、

結構散々な仕事ぶりになってしまいました。

それでも、昨日の楽しかったことを考えながら、

家に帰って、早くギターを弾きたいなぁとか、

のんびり構えていたら、そのうち退勤時間になっていたので家に戻りました。