one room

忘れたくないことと、忘れてしまったことについて

泣いてる人とイギリス語

朝、寒くて目が覚めた。

寒いのが好きで、わざと寒いままにする。
ひんやり冷たい床に手を伸ばして、自分の体温が、
床に移ろっていくのを感じる。
冷たくなくなってしまったら、
また、違う場所に手を伸ばしていく。
その繰り返し。

好きな人と手を繋いだ時のこと、
思い出しそうになって、
手を毛布の中に引き入れる。
体温が、お互いに行き来していく感覚。
赤ちゃんとお母さんの臍の緒みたいだ。
あの人の手が、一方的に私に供給するもの。
そのおかげで、死ねずに生きてる。
信号待ちのたびに、ハンドルから手を離して、
ずっと手を握ってくれていた。
隣に他の車が止まると、いたずらっぽく笑って、
手を隠した。
あの日の夢を見ながら、再び眠る。

今日は二つもバイトが入っていて、日付が変わる頃、
タイムカードを押した。
帰っている途中で、ずっと楽しみにしていた、
宮崎夏次系さんの漫画が、もう、
発売日過ぎてたの思い出して、
田舎だけど、そろそろ入荷されてるかなって、
とりあえず、本屋さんを探す。
バイト先の近くのTSUTAYAがまだ開いていたので、
はじめてそこで本を買う。
今度、映画も借りてみようかなって思った。

ついでに、バイト先にも行ってみる。
お腹減ったので、お菓子とか買おうと思った。
そしたら、夜勤のお兄さんがいた。
たい焼きと、あんみつで悩んでたら、
気づかないうちに、笑いながら後ろに立ってて、
驚いたらもっと笑われた。
寝起きだって言ってて、すごく眠そうなお兄さんは、
お釣り英語で数えながら渡す。
「俺、イギリス語とか話せるよ〜」って言ってた。
イギリス語…?
って思ったけど、私もよくわかってないので黙っておく。
「ひーあーゆーあー」って言われた。
カロリーメイトのチョコ味が入った袋を受け取る。
「お疲れ様です」って言ったら。
「おつかれー」って、そこは日本語だった。

家に帰ると、さっそく漫画を読んだ。
幸せであることが当たり前、みたいな前提の中で、
そうあることが出来ずに泣いているって感じだった。
ホーリータウン」より、
「夕方までに帰るよ」の方が、好きかなって思った。
私は、あのアパートの住人になれるかな。
代換えの効くような、ありふれたものになりたい。
かけがえのなさは、突き詰めれば息苦しくなるから。

読み終えて、ギターでも弾こうかなって思って、
チューナーに繋いでたら、携帯が光ってるのに気づいた。
好きな人から
「こんばんわー」ってメッセージが来ていた。
二十分前のことだった。
「こんばんわー」って返事を返す。
でも、返事が来ない。
待ってるうちに、なんだか眠ってしまった。