one room

忘れたくないことと、忘れてしまったことについて

ステージライトに透ける赤

私は今日、とても綺麗な赤を見ました。


朝起きて、家から脱走します。

私にとって外出禁止なんて、

ほとんど意味がありません。

階段の窓から、靴を持って飛び降ります。

足がジンジンと痛みます。

弟にリュックを上から投げてもらい、

無事、家からの脱走に成功しました。


友だちの仕事が終わるまで、

適当なスーパーで時間を使いました。

クーラーがとてもきいていて、

冷凍食品のコーナーなどでは、

自分も凍りそうな寒さです。

しばらくしてから、

もう来て大丈夫だよと連絡がきて、

私はスーパーをあとにしました。

これから人混みへ行くので、

スーパーで買った冷たい水で、

レキソタンを流し込んでおきました。


友だちのしたくが終わるまで、

漫画を読んだりして、

五時頃、友だちの家を出ました。

最近私は自分の家より、

この友だちの家にいる方が多いような気がします。


二人ともお腹が減っていたので、

近くのファーストフード店に入りました。

メニューを決めて、席を選んでいた時、

いかにもといった不良たちと目が合いました。

席についてから、友だちと話をしていても、

不良たちの話し声が聞こえてきます。

「十八で煙草吸って~、十九でピアス開けた~」

みたいな内容でした。

私の好きな人は、

十八歳で正式にお酒煙草解禁だと思っていた、

というとんでもない人だったりしますし、

ありきたりすぎる不良自慢に、

友だちと笑いを堪えるのに必死になりました。

お店を出てから、

二人でたくさん笑いました。


もう開場の時間を過ぎていたので、

少し急ぎながら、ライブハウスへむかいました。

今日は、ギターのお兄さんがライブをする日です。


ライブハウスに着くと、入り口付近に、

とても怖そうな人たちがいました。

友だちが怖いと言って、

近づくことができません。

お兄さんに電話をしてみました。

二、三コール目で、

「おぉー、どうした?」みたいな声が聞こえてきます。

友だちが、入れない!怖い!

と必死に訴えていましたが、

「大丈夫大丈夫、怖くないし早くおいで」

と言われていました。

本番前に、手間を取らせるわけにも行かないので、

なんとか連れて行きますと伝えて電話を切りました。


もう一度行くと、さっきの人たちはいなくて、

静かになっていました。

入ろうか二人で悩んでいると、

さっきの怖そうな人がなかから出てきて、

「入り方が分からんの?そこが受付だよ」

と教えてくれました。

二人で言われたように中へ入りました。


中はバーみたいになっていて、

もう一つ扉の向こうが、

ライブハウスになっているみたいでした。

煙草の煙とお酒の匂いに包まれます。

少し歩いて、扉を開けました。


一瞬、立ちくらむほどの音量と、

目が眩むようなスポットライトの光。

打ちっぱなしのコンクリートの壁に、

落書きだらけのシートがかかった柵。

そして、ステージに向かって伸びる観衆の手。

そんな、完全に現実感を剥奪された場所で、

それでも一際目立つ、長く伸ばされて、

毛先が真っ赤に染まっている髪。

細くて長いシルエット。

お兄さんを見つけました。

電話を聞いて、私たちが来るまで、

入り口の近くで待っていてくれたようでした。

「入ってこれたね。じゃあ、また後で」

ステージから聞こえる音で、

よく聞き取れなかったのですが、

多分そんなことを言って、

お兄さんは人混みに見えなくなりました。


落書きだらけのシートには、

バンドの名前が所狭しと書いてあります。

こんなに沢山書かれたバンドの中で、

今も活動しているのは、

一体どれくらいなんだろうと考えて、

少し悲しくなります。

そんなことを考えながら眺めていると、

隅に小さな字で書かれた、

「keep on the punk rock mind.」

という文字を見つけて、

なんとなく、悲しくなくなりました。


お兄さんのバンドの番が来ました。

機材をセットしています。

お兄さんは、

エフェクターボードを二枚も持っていました。

V字の真っ黒のギターがライトに反射しています。

ライブ用だから、いつもの練習では見れないギターです。

準備が終わったのか、

一旦ステージが空っぽになりました。

静かな音楽が流れてきて、

スモークに青いライトが写って、

ステージ全体が真っ青になりました。

曲調が変わって、

次々に人が現れます。

お兄さんが出てきました。

お兄さんの目の前に、

黒髪のかっこいい男の人が二人、

陣取っています。

二人とも、とても楽しそうでした。

お兄さんも二人があまりにも目の前にいるので、

ちゃんと見えているのか、笑っているように見えます。

私はお兄さんのバンド演奏の間、

息をするのを忘れそうになりました。

低く刻まれる16ビート、

指が生き物みたいに動く速弾き、タッピング。

振り乱される長い髪は、

毛先の赤が、次々色を変えるライトに透けています。

ステージの上を思いっきり動く、細長い影。

何か聞き取れない言葉を叫ぶ声も、とても綺麗でした。


私と友だちは、少しフラフラしながら外へでました。

近くのベンチに友だちが座り、

私はその前で体育座りをしていました。

外はもうすっかり夜で、

居酒屋さんが多いこの通りは、

あちこちに酔っぱらいが見えます。

まだ八月なのに、

この時間になると案外寒くて、

袖がない服を着ている友だちはとても寒そうでした。

怪しげなライブハウスの光を見ながら、

自販機で買った炭酸を飲んだりして時間が過ぎていきます。

ライブハウスからは、

今日最後のバンドの演奏が、

結構な質量を伴って流れてきていました。

しばらくすると、

ライブハウスから、お兄さんと、目の前で聞いてきた、

二人の男の人が出てきて、

何やら楽しそうに話し始めました。

途中で金髪のお兄さんも加わったようでした。


ふと時計を見て、二人で帰ることにしました。

私はなんだか死にたくなって、

道の真ん中で飛び跳ねながら「死にたいっ」って、

叫んでみました。

夜は何を叫んでも、一瞬で静けさが、

私の言葉を飲み込んでしまうので安心です。

今すぐ道に飛び出してしまいたいと思いました。

でも、夜中すぎて、車がほとんどいません。

仕方がないので、

友だちと笑ったりしながら、帰りました。

その時、お兄さんから電話がありました。

どうやらさっき、お店から出てきたのは、

私たちを探すのを兼ねていたようです。

とても綺麗でしたと伝えると、

「そうやろ」と言って笑っていました。

水曜日にまた会うので、

詳しい話はその時に、と言って電話を終えました。


酔っぱらいをどんどん追い越しながら帰っていると、

途中で、今度は友だちが不安定になりました。

それにつられて、私もぐらぐらしてきます。

私たちは、それでも、なんとか笑顔で別れます。

なんとなく、私は走って家へ向かいました。

外出禁止を破っているので、

うまく侵入しなければなりません。


家の前で、深呼吸をして、目を閉じました。

お兄さんの赤い髪が、今もまだ瞼の裏で、

ゆらゆらと揺れます。

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