one room

忘れたくないことと、忘れてしまったことについて

ゼリー

朝から、得体の知れないもに責められ続けるイメージが拭えない。
起き上がらなければ、そう思えど身体を動かせない。
そのうち、怠け者、そんなふうに言うその声は大きくなっていく気がした。

それでも、バイトには行った。
行くと、友だちがキティちゃんのゼリーをくれた。
可愛くて、嬉しくなった。
これも、と、黒糖のポンデリングもくれた。
私の好きなもの。
シフト終えて、携帯を見ると、
バンドの先輩からメッセージが来ていた。

私は多分、色んな人に生かされていた。

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前夜

I'll never be able to give up on you
So never say good bye and kiss me once again

あたしは絶対あなたの前じゃ
さめざめ泣いたりしないでしょ
これはつまり常に自分が
アナーキーなあなたに似合う為
現代のシド・ヴィシャス
手錠かけられるのは只あたしだけ

行かないでね
何処にだってあたしと一緒じゃなきゃ厭よ
あなたしか見て無いのよ
今すぐに此処でキスして

違う制服の女子高生を
眼で追っているの 知ってるのよ
斜め後ろ頭ら辺に痛い程視線感じないかしら
そりゃ あたしは綺麗とか美人な
タイプではないけれどこっち向いて

行かないでね
どんな時もあたしの思想を見抜いてよ
あなたの長い睫毛も其の華奢で大きな手も
全部大好きなの
何処にだってあなた程のひとなんて居ないよ
あなたしか見て無いのよ
今すぐに此処でキスして

行かないでね
何処にだってあたしと一緒じゃなきゃ厭よ
あなたしか見て無いのよ
今すぐに此処でキスして ねぇ

I feel so nice 'cause you are with me now
It is certain Ilove you so much baby
I'll never be able to give up on you
So never say good bye and kiss me once again
woo… ai ai ai…


さめざめ泣きながら歌う。
明日来ていくドレスに、香水を撒きながら歌う。
ヘアセットの予約は6時。
もう寝なければならないのに、
私はいつまでもこの曲を歌っていたかった。

1時間半

お兄さんは、コンビニやスーパーへ寄ると、

「なんでも好きなの持っておいで」って言う。

だから私は帰りの車の中で、

ほうじ茶チョコと、抹茶のポッキー、代わる代わる食べていた。

帰るまで1時間半くらいかかるし、そのお供にと、お菓子が二つ。


何となく、Paul Smithのセットアップの話を思い出しながら家へ戻る。

四月には出番が来るらしい。


ちょうど県の境目に着いた頃、

降っていた雪の勢いが増してきた。

人からものを借りるのがとても苦手で、

お兄さんが上着貸すと言ってくださったのに、断ってしまったのを後悔した。

優しさすらうまく受け取れないのか、私は。


家に着く頃には、すっかり真っ白になっていて、私は車から下りると、

小さな雪だるまを作った。

朝一番に溶けるように、日の当たる場所に置いた。

花束を贈る人は、それを贈られた人が、どんな気持ちで花々を看取るのか知らない。

それに似た感じで、溶けかけの雪だるまが苦手だ。

私が目覚めるより先に、水になって、乾いて、空気中に浮かんでいてほしい。



朝の光と

ランディー・ローズが、お兄さんのiPadから流れていた。

テーブルの上に並ぶ空の缶ビールは何本になっただろう。

カーテンの隙間から仄かに薄くなるブルーが覗いた。

ギターケースの上で、小さな紙の切れ端に、注意点が書き込まれていく。

和紙のような質感。

お兄さんの持つペンからインクが染み込む。


私はポッキーを食べ、お酒を飲んでを繰り返していた。

とても眠たくて、

それでも、まだ寝ずにいたいという子供のような意地だけで起きていた。

私もお兄さんもまぶたが重たい。

それでも、ふらりと立ち上がると、

お兄さんの手には、また、缶ビールがあった。

グラスに半分ずつ注いで、飲む。

眠たいのか、酔っているのか、

世界はとても朦朧としていて、少しだけ死んでいるみたいに穏やかだった。



幸福論

夕日が刺す部屋で、
私は君を待っていて。
少しだけ暑くて、窓を開けてみる。
風が吹いて、しばらくすると、
日が落ち込んでいくので寒くなる。
そのまま肌寒いような空気に微睡む。
水滴沢山つけたペットボトルからお茶を飲んで、それからパタリと倒れて眠る。
起きたら君が帰ってきていて、
夕飯作り忘れたことを謝りながら、
二人で川辺の道をコンビニまで散歩する。
りりりとか、ちちちち、みたいな虫の鳴き声すら聞こえないくらい笑いながら。
コンビニに入ってアイスとかお菓子とか、
ご飯にならないようなものと、お酒ばかり買って、ああ、大人になれないねって言う。
馬鹿みたいな金額の会計を済ませて外に出て、タバコを買い忘れたと慌てて戻る君を、
携帯いじりながら待っている。
部屋に戻って適当に買ってきたものを食べながら、
何となく乾杯してお酒を飲んだり、ギターを弾いたりする。
きっと眠るのは太陽が登った頃になる。

東京

「東京に行こう」と、友人は言った。


それが、観光としてなのか、上京するということなのか、それらは、彼女から発されるまでの間に綺麗さっぱりと省略されていた。


コンビニの窓の向こうには、

仰々しいほどに空が赤く焼けてる。


「向こうでバイトして暮らそう。貯金はできないかもしれないけれど、毎日暮らすことくらいならできるさ」


私はしばらく、

限りなく質素で、お気楽で、贅沢の限りを尽くした生活を思い浮かべた。


「荷物はギターだけでいいかな」と返すと、

「私は煙草だけでいいかな」と彼女は笑った。